どんなりっぱな内容の話でも、日本語を誤用して使っていると、話の内容もそうですが、話し手自身をも疑ってしまうことがないでしょうか。この人だいじょうぶかと。
そんなあなたは大丈夫かと問われれば、大丈夫ではなく、日本語の慣用句などを調べていくと、いかにこれまで誤った日本語を使ってきたのかがよくわかります。
このページでは、意味を間違いやすい日本語をご紹介しています。よく扱われる語句ばかりですので、確認してみてください。今回は【さ行】です。
意味を取り違いやすい日本語【さ行】
25 | さわり(話のさわり、曲のさわり) ○話の要点のこと、曲のサビ ×話の最初の部分のこと、曲の出だし |
26 | 恣意的(しいてき) ○勝手きままな様子、思いつきで行動する様子 ×わざと、作為的 |
27 | 潮時(しおどき) ○物事をするのにちょうどよい時、好機、チャンス ×ものごとの終わり |
28 | 敷居が高い(しきいがたかい) ○相手に不義理などをしてしまい行きにくい ×高級過ぎたり上品過ぎたりして入りにくい |
29 | 失笑する(しっしょうする) ○笑いを抑えることができず吹き出して笑う ×笑いも出ないくらいあきれる |
30 | しめやか ○気分が沈んでもの悲しげなさま ×厳粛で滞りないさま |
31 | すべからく ○当然、是非とも ×全て、皆 |
32 | 性癖(せいへき) ○癖や行動の傾向 ×性的嗜好/性的趣向 |
33 | 世間ずれ(せけんずれ) ○実社会で苦労をしてずる賢くなること ×世間の動きとずれていること |
34 | 袖振り合うも多生の縁(そでふりあうもたしょうのえん) ○他人と通りすがりに袖が触れ合うのも前世から深い縁があるからだ ×初対面でも縁があって出会っているので、その縁を大切にしなければならない |
意味を取り違いやすい日本語【さ行】の解説
25「触る」から、軽く触れることを連想しますので、「わさり(触り)」を「話などの最初の部分」と解釈している人が多いのではないでしょうか。文化庁の調査では、55%の人(調査対象3,445人)が誤用しています。
「さわり」を漢字で書くと「触り」ですが、話や曲、劇などの場合は、普通、仮名書きで表記します。「話のさわり」、「曲のさわり」など 参考:三省堂『国語辞典』
26「恣意的」の意味がなぜ誤用されるのか、はっきりとした理由はわかりません。おそらく、「意図的」、「作為的」、「故意」の意味と混同しているのではないかというのが一般的な意見です。
「恣意」の「恣」の訓読は「ほしいまま」、「意」は「こころ」です。よって、恣意は「ほしいままのこころ」、つまり「勝手気ままな」という意味になります。
27「潮時」は、「引退」や「別れ」など、「ものごとが終わる」際に使われることが多いと思われます。例えば、スポーツ選手が引退会見で「今が潮時」と発言した場合、「もう精魂が尽きたんだ」と多くの人が思うでしょう。一方、本来の意味である「ちょうどいい時期」と解釈した人なら、「まだやれる!もう少し頑張って!」と思うかもしれません。
28「敷居」は、家の門や玄関、部屋の障子やふすまの下に敷く横木のことです。家に入るには、この敷居をまたがねばなりません。相手に不義理などをしてしまったら、相手に合わせる顔がありません。ましてや、相手の家を訪ねて中に入ることもできません。このような状態のとき、「敷居が高い」と表現します。
<参考>不義理:義理にはずれた行いをすること。借金を返さないこと。
29「失笑する」を16歳~30代の人の約8割が、「笑いも出ないくらいあきれる」という意味だと思っているようです。文化庁は、誤用の原因を「失笑」を「笑いを失う」様子だと受け取っているのではないかとしています。
「失」は、「うしなう」の他に、「中に押さえこんでおくべきものを押さえきれずに、またはうっかりして外へ出してしまう」という意味があります。「失笑」の「失」は、後者の意味です。「失言」や「失火」の「失」もこちらの意味です。
30「しめやか」には大きく次の3つの意味があります。
①ひっそりともの静かなようす。「しめやかな雨」
②気分が沈んでもの悲しげなさま。「葬儀がしめやかに行われる」
③(女性の容姿などが)しとやかなさま。
誤用が多いのは②です。「しめやか」には、「悲しげなようす」という意味が含まれていますので、儀式が厳粛に行われたとしても、祭礼や結婚式などの祝事で使う言葉ではありません。
31「性癖」の「性」は、「性交」という意味の方ではなく、「性質」という意味の方です。「癖」は「くせ」。つまり、「性癖」は、「性質上のくせ/くせや行動の傾向」という意味です。
32「世間ずれ」の「ずれ」を「ずれている」という意味に解釈していることが誤用の原因だと思われます。文化庁による調査では、2004年度と2013年度の正解者の割合が、逆転しているところが注目されます(下表)。
「世間ずれ」の意味として正しいのはどちら? | ||
世間を渡ってきてずる賢くなっている (本来の意味) |
世の中の考えから外れている (誤った意味) |
|
2004(平成16)年度 | 51.4% | 32.4% |
2013(平成25)年度 | 35.6% | 55.2% |
33「多生の縁」の「たしょう」の漢字を「多少」と勘違いしてしまうと、「ちょっとした出会い(初対面)でも縁があってのことなので、その縁を大切にしましょう」という意味として使ってしまうのではないでしょうか。
「多生」は「六道を輪廻して何度も生まれ変わること」という意味の仏教用語です。「多生の縁」は「前世で結ばれた縁」のことを指します。※俗に「他生」とも書く。
<参考>六道:地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道
六道輪廻:六道の間を生まれかわり死にかわりして、迷いの生をつづけること。
尚、「袖触れ合うも多生の縁」、「袖擦り合うも多生の縁」とも言います(「多生」は「他生」でもよい)。参考:三省堂『国語辞典』第六版
<まとめ>○前世で結ばれた縁(宿縁) ×縁を大切にしなければならない
練習問題【さ行】
■日本語として間違っている文、または、用語が本来の意味として使われていない文を一つ選び、記号で答えなさい。
(1)A:時間がないので、話のさわりだけお話しします。
B:ほんのさわりですが、冒頭部分を朗読します。
C:曲のさわりを聴けばすぐに曲名がわかりますよ。
(2)A:社員は社長の恣意的な言動に振り回されていた。
B:彼は恣意的に論文のデータを捏造した。
C:この会社の人事は恣意的に決められる。
(3)A:退職して別の道を歩むのには今が潮時だ。
B:体力の限界なので引退の潮時だと思った。
C:潮時を見計らって事業を展開しようと思う。
(4)A:あの料亭は高級すぎて私には敷居が高い。
B:お金を借りたままなので彼に会うには敷居が高い。
C:敷居が高いだろうけれど、会って誠心誠意あやまりなさい。
(5)A:泣ける場面なのに俳優の演技に思わず失笑してしまった。
B:彼は場違いな発言をしてしまい失笑を買った。
C:彼の的外れな反省の弁に失笑し言葉も出ない。
(6)A:結婚式がしめやかに執り行われた。
B:斎場ではしめやかに告別式が行われた。
C:葬儀がしめやかに執り行われた。
(7)A:彼女のキレイ好きという性癖にはほとほと疲れる。
B:私には大人になっても人見知りという性癖がある。
C:彼には女性の脚に性的興奮を覚えるという性癖がある。
(8)A:彼は苦労人だけど世間ずれはしていないよ。
B:もっと世間ずれしないとこの会社ではやっていけないよ。
C:その考えは今となっては世間ずれしているよ。
(9)A:袖振り合うも多生の縁という言葉通り、二人の出会いは偶然とは思えない。
B:袖振り合うも多生の縁と申します。今日のご縁を大切にしようではありませんか。
C:袖振り合うも多生の縁と言うが、初対面の彼女とは以前どこかで会った気がする。
練習問題【さ行】の解答
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赤文字が正解です。つまり、日本語として間違っている文、または、用語が本来の意味として使われていない文です。
(1)A:時間がないので、話のさわりだけお話しします。
B:ほんのさわりですが、冒頭部分を朗読します。
C:曲のさわりを聴けばすぐに曲名がわかりますよ。
AとBもそれぞれ「話の最初」、「曲の出だし」と解釈できそうですが、Bが明らかに「冒頭部分」と言っているので、Bが誤用の例文とします。
(2)A:社員は社長の恣意的な言動に振り回されていた。
B:彼は恣意的に論文のデータを捏造した。
C:この会社の人事は恣意的に決められる。
「捏造」とは、「意図的にでっちあげること」なので、Bの文が誤りです。
(3)A:退職して別の道を歩むのには今が潮時だ。
B:体力の限界なので引退の潮時だと思った。
C:潮時を見計らって事業を展開しようと思う。
小学館『大辞泉』だけ、「潮時」を「物事を始めたり終えたりするのに適当な時機」としていますが、他の辞書は「物事をするのにちょうどよい時」としています。
「潮時」は、プラスのイメージが強いと覚えておきましょう。Bの文は、「終えるのによい時期だ」とも解釈できますが、A、Cよりもプラスのイメージが弱いので、Bの文を正解(誤用)とします。
(4)A:あの料亭は高級すぎて私には敷居が高い。
B:お金を借りたままなので彼に会うには敷居が高い。
C:敷居が高いだろうけれど、会って誠心誠意あやまりなさい。
程度や難度が高い意で使うのは誤り。「× 高級すぎて僕らには敷居の高い店」「× 初心者には敷居の高いゴルフコース」(大修館書店『明鏡国語辞典』)
(5)A:泣ける場面なのに俳優の演技に思わず失笑してしまった。
B:彼は場違いな発言をしてしまい失笑を買った。
C:彼の的外れな反省の弁に失笑し言葉も出ない。
「失笑を買う」は、「愚かな言動のために笑われる」という意味です。
(6)A:結婚式がしめやかに執り行われた。
B:斎場ではしめやかに告別式が行われた。
C:葬儀がしめやかに執り行われた。
(7)A:彼女のキレイ好きという性癖にはほとほと疲れる。
B:私には大人になっても人見知りという性癖がある。
C:彼には女性の脚に性的興奮を覚えるという性癖がある。
(8)A:彼は苦労人だけど世間ずれはしていないよ。
B:もっと世間ずれしないとこの会社ではやっていけないよ。
C:その考えは今となっては世間ずれしているよ。
(9)A:袖振り合うも多生の縁という言葉通り、二人の出会いは偶然とは思えない。
B:袖振り合うも多生の縁と申します。今日のご縁を大切にしようではありませんか。
C:袖振り合うも多生の縁と言うが、初対面の彼女とは以前どこかで会った気がする。
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